
認知症の親の不動産売却方法は?家族が知るべき手順を解説
親が認知症と診断された場合、不動産の売却をどう進めればよいか悩む方は少なくありません。意思能力の有無や、法制度の違いによって取れる手続きが大きく異なるため、誤った判断は後のトラブルにもつながりかねません。この記事では、認知症の親が所有する不動産を売却する際の具体的な方法や注意点、法的なしくみについて詳しく解説します。正しい知識を持って、ご家族の大切な資産を守る一助となれば幸いです。
認知症の親が所有する不動産売却の基本的な制約と法的条件
認知症により判断能力が低下すると、法律上「意思能力がない」とみなされ、不動産の売却手続きは基本的に無効になります(民法第3条第2項)。つまり、本人の意思による合意が成立していない行為として、売却契約は法的に認められません。
このような判断能力の有無は、不動産売却時に司法書士などによる「売却意思の確認」によって判定され、判断能力があると確認された場合には、売却が可能とされる場合もあります。しかし、判断能力がないと判断された場合には、たとえ本人名義の不動産であっても売却はできず、代理による契約も認められません。
まずは、親に判断能力が十分にあるかどうかを、医師による診断書や司法書士による意思確認などによって正確に把握することが、売却を進めるための第一歩となります。ここでの確認を怠ると、後々の手続きや契約の有効性に重大な影響を及ぼす可能性があるため、慎重に対応する必要があります。
以下は、意思能力の有無による対応の違いを整理した表です。
| 判断能力の状態 | 売却手続きの可否 | 必要な対策 |
|---|---|---|
| 判断能力あり | 本人による売却が可能 | 司法書士による意思確認を実施 |
| 軽度の認知症(判断能力があり得る) | 場合により可能 | 委任状による代理や任意後見制度などの活用 |
| 判断能力なし | 本人でも代理でも売却は無効 | 法定後見制度の申し立てが必要 |
軽度認知症の場合の売却手段—任意後見制度・家族信託・生前贈与の活用
認知症の親をお持ちの方で、まだ意思能力が残っている軽度の段階であれば、不動産売却に向けて利用可能な手段として「任意後見制度」「家族信託」「生前贈与」の三つがあります。
まず、任意後見制度は、本人がまだしっかり判断できるうちに、信頼できる方を任意後見人として指定する制度です。公証人役場で任意後見契約を作成し、後に判断能力が低下した際には、契約内容に従って不動産の売却などの手続きが進められます。費用は契約書作成で十数万円程度、開始後は月一~三万円程度の報酬と監督人への数万円がかかることもあります。
次に家族信託は、親(委託者)が自宅などの財産を、信頼できる家族(受託者)に管理・処分させる契約を結ぶ方法です。認知症の進行に関係なく、受託者が財産を維持・売却できるため、将来の凍結状態を回避できます。ただし、信託契約書の作成、公正証書への手続き、不動産変更登記などが必要で、専門家に依頼すれば費用は高額になります。
最後に生前贈与は、判断能力のあるうちに不動産を子どもなどに贈与して名義を移すことで、贈与を受けた子が自由に売却できるようになる仕組みです。意思能力のある時点で契約書を作成し、医師診断書など判断能力の証明があると問題を避けやすくなります。しかし、贈与税や相続時精算課税など税制上の配慮が必要です。
| 手段 | 特徴 | 注意点 |
|---|---|---|
| 任意後見制度 | 本人が選んだ後見人が判断能力低下後に売却支援 | 契約費用や月額報酬、公証手続きが必要 |
| 家族信託 | 認知症後も家族に不動産の管理・処分を託せる | 契約書、公正証書、登記手続きが煩雑で費用負担あり |
| 生前贈与 | 名義変更により贈与後は自由に売却可能に | 税金や相続時の配慮が必要 |
いずれの方法も、認知症が進行する前から計画的に準備を進めることが重要です。それぞれの仕組みについて、専門家へ早めに相談のうえ、十分に比較・検討されることをお勧めいたします。
重度認知症の場合の売却手続き—成年後見制度の活用と手続きの流れ
認知症が進行して重度となった場合には、ご自身での判断が難しくなります。そのような際には、家庭裁判所の支援を通じて「成年後見制度(法定後見制度)」を活用して不動産の売却を進める必要があります。
まず、家庭裁判所へ「後見開始の審判」の申し立てを行います。申し立て後、調査官による事情聴取や、必要に応じて医師による意識能力の鑑定が行われます。その後、家庭裁判所で成年後見人が選任され、制度が開始されます。一般的に申し立てから制度開始までには約2か月から4か月程度かかります 。
成年後見人が選ばれた後は、不動産会社との媒介契約や査定を進めることが可能となります。ただし、売却対象が本人の居住用不動産である場合には、別途「居住用不動産処分許可」の申立てが必要です。家庭裁判所の許可がないまま売却契約を結ぶと、その契約は無効とされます 。
実務的な流れと期間の目安は以下の通りです。以下の表をご参照ください:
| 手続き工程 | 目安期間 | ポイント |
|---|---|---|
| 成年後見人の選任 | 2~4か月 | 家庭裁判所への提出書類と鑑定・調査を経て選任 |
| 媒介契約・売却活動 | 約3か月~1年 | 適正な価格で売却しないと裁判所の許可が得られにくい |
| 居住用不動産の許可申請~許可取得 | 約1か月 | 契約書案、評価証明書などの提出が必要 |
| 売買契約~決済・引き渡し | 約1~2か月 | 司法書士による所有権移転登記を含む |
このように、成年後見制度を利用して不動産売却を進める際は、通常の売却よりも複数の手続きと、家庭裁判所の許可が必要な工程が加わります。そのため、スケジュールにゆとりを持って早期に準備を始めることが大切です 。
なお、居住用不動産以外(例:投資用・賃貸用不動産)の場合は、原則として家庭裁判所の許可は不要なケースもありますが、監督人の同意などが求められる場合がありますので注意が必要です 。
認知症になる前に親と話し合うことの重要性とその準備ポイント
認知症が進行すると、意思能力が不十分と判断され、不動産の売却契約が無効になることがあります。このようなトラブルを避けるためにも、親がまだ判断力を保っているうちに「売却」や「財産の扱い」について話し合っておくことが重要です。たとえば、将来的に売却を検討しているかどうかを確認し、その理由や使い道について率直に共有することで、後の手続きが円滑になります。意思能力の有無が問題になる場面では、医師の診断書が有効な証拠となることもありますので、予め理解しておくと安心です(意思能力の確認)。
また、話し合いを通じて後見人候補や信頼できる人物への事前の意思確認をしておくことが大切です。たとえば、任意後見制度を活用すれば、認知症が進行しても本人が選んだ人に代理で不動産売却の支援を依頼できます。このような制度は本人の意思を尊重しつつ、将来への備えとなります。
早めの準備によって、成年後見制度などを利用する際にも手続きが円滑になります。特に不動産売却には時間がかかることが多く、申立てや診断、家庭裁判所の許可取得などで数ヶ月から6ヶ月、場合によっては一年以上かかることもあるため、余裕をもった行動が求められます。
以下に、事前に話し合う際の主なポイントを表でまとめました。
| 準備項目 | 内容 |
|---|---|
| 売却の意思・方針の確認 | 「売却」「維持」「活用」など、希望する方法を具体的に共有する |
| 後見人や信託先の検討 | 任意後見人や信頼できる家族・第三者を候補として話し合う |
| 手続きに必要な書類準備 | 登記情報の確認や診断書取得など、手続きを想定した下準備 |
このように、親が認知症になる前に話し合い・準備を進めておくことで、不動産売却が必要になった際に、制度の利用や手続きがスムーズになり、ご家族の負担も大きく軽減されます。
まとめ
認知症の親が所有する不動産を売却する際は、親の意思能力の有無によって選ぶべき方法や手続きが大きく異なります。意思能力が残っている段階で任意後見や家族信託、生前贈与などの選択肢を検討し、早めの準備が円滑な売却につながります。一方、重度の認知症では成年後見制度を利用する必要があり、手続きに時間や費用を要するため事前の理解が欠かせません。親と早期に話し合い、家族で準備を進めておくことが不動産売却において非常に大切です。誰でも安心して一歩踏み出せるよう、正しい知識と備えを心がけましょう。

